Profile


Jardin Ominoにて、栽培・醸造をはじめとするすべてを担当。小見野もも。
東京都生まれ、埼玉県育ち。多摩美術大学卒業後、フランスへ移住し、11年間を過ごす。帰国後は約1年間、派遣社員としてさまざまな仕事に携わったのち、エルメス・ジャポン株式会社にて正社員として事務職に従事。
退職後、長野県へ移住。(有)信州うえだファームにて2年間の研修を経て、独立・新規就農。現在に至る。
東京で会社勤めをしていた頃、ワインブドウの学校に通い、ぶどう栽培に初めて触れる。長野では、ワイン用ぶどうと生食用ぶどうの両方を学びながら、千曲川ワインバレーにてワイン造りについて研鑽を積む。


小見野のつぶやき
子供の頃から、社会や「型にはまった人生」に対する反発心のようなものが、どこかにあったのかもしれない。普通に会社勤めをして、結婚して……そんな人生を選びたいとは思えなかった。
そこで進んだのが美術大学だった。大学時代は作品制作と野球に没頭し、夢と野望(無謀さも含めて)を抱いてフランスへ移住。パリのカフェやビストロ、街中などで作品のインスタレーションを行ったが、思い描いていたアーティストになることは叶わず、挫折感を抱えたまま日本に戻った。
それでも挑戦することだけはやめず、置かれた環境の中で「やりたいこと」を探し、努力を重ねた。しかし、思うような結果にはなかなか結びつかなかった。
今振り返ると、うまくいかなかったのには理由があったのだと思う。「そっちじゃない」というサインだったのだろう。ただ、ではどちらへ進めばいいのかは分からなかった。
そんな中で、「いくつになっても夢を持っていい」ということに気づいた。フランスで出会ったワインへの想い。ワインそのものというよりも、ワインを取り巻く風景や、人や、流れる時間への憧れのほうが強かったのかもしれない。
一歩前に進まなければ、次に右へ行くべきか、左へ行くべきかも分からない。そう思い、ぶどう栽培とワイン造りの夢を追いかけることを決めた。
背中を押し、支えてくれる家族に恵まれ、最終的には不思議なことに研修先がトントン拍子に決まった。そして会社を辞め、長野県へ移住した。
半生を振り返ると、随分と遠回りをしてきたように思う。それでも、進んできた道は一本につながっていて、すべてが今にリンクしているように思う。ようやく、自分なりのゴールが見えてきた。
そのゴールには、家族や気の合う仲間と過ごす場所があり、目の前にはぶどう畑が広がっている。畑を眺めながら、「美味しいね」と言って、みんなでワインを飲む。
そんな時間を思い描いている。

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